2009年12月30日

”すみタン”より年末のご挨拶

みなさま、ご無沙汰しています。8月の佐用水害以来、みなさまには大変お世話になりました。おかげさまで、大学生とNVNADさんの働きにより、佐用での炭焼きで地元の職人さんが元気になり、28日にもお会いしてきましたが大変やるきになっており、「来年はいつ来ますか?」と聞いておられたほどです。笹ヶ丘荘の竹炭窯は14年ぶりに動かしたようですが、職人さんにとっても刺激になり、各々が持っている”マイ窯”で焼き始めた人もおられます。若い人に、ご自慢の炭を見せたいようです。
 みなさん、一度周辺の大学生や高校生にお声がけして炭焼き体験をしませんか?

また姫路市に流れる市川で、「市川を美しくしよう会」という方たちと出会い、市川の”カワヤナギ”を焼こうとチャレンジしています。市川の人たちはこのカワヤナギの炭を川の浄化にリユースしようと取り組み始めました。貸し釜ではありませんが、こうして佐用の炭焼きが他の地域にも広がれば話題性が増えよいことだと思っています。カワヤナギはデッサンで使われる絵筆の材料になるらしく、とても柔らかい木なので炭焼きにするにも難しいようです。

もともと、来年度から里山づくりへの展開を考えていましたので、山から切り出した木やすでに倒れて放置されている風倒木などを炭にしなければならず、市川のみなさんと出会ったことがきっかけで、15年ぶりに木炭窯の火入れを行いました。レンガと土で造られた本格的な木炭窯ですので、中に入れる木の量もかなりのものです。しかし、残念ながら市川のカワヤナギもこの本窯を満杯にするだけは揃わないようで、職人さんは「とりあえず竹炭窯で焼くしかないか」と言っています。

 佐用の山の木となると、杉やクヌギのようで逆にこちらは切り出しても切り出しても追いつかないほどあります。最近判ったことは、里山づくりに入る前にいまも放置されている風倒木の処理が先決問題のようです。根本的な水害対策としては、山の管理、治山、河川対策となるのでしょうか。例えば、炭や流木やあるいは木材加工品を佐用駅前商店街に並べてまちおこしに活用できないかと思ったりします。風倒木の片づけと里山づくりと森づくりをセットにしたような形で、佐用の復興にお役に立てばと考えています。

そして大学生による竹炭へのチャレンジで、また話題を呼ぶことを期待していますが、佐用の復興につなげていきましょう。

炭プロジェクトの関連では渥美先生もいろいろなところに話題を提供して下さっています。新潟の河内さんはいろいろな方を繋いでくれます。そして名古屋の関口さんは”粗朶”という興味深い話題を提供してくれました。こうして人が動いていれば、目的に向かって新たな芽生えも生まれ、希望が沸いてきます。
みなさま、来年もよろしくお願い致します。

           「佐用を支援する炭プロジェクト」実行委員会
                 担当 村井雅清(通称すみタン)
posted by ”すみタン” at 15:31| Comment(53) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

”すみタン”より

 8月27日より3ヶ月以上にわたって佐用町で展開してきました被災家屋の床下への炭入れ作戦は、先日23日で終了しました。本業にもご迷惑をおかけしながら、受け入れで大変おせわになりました笹ヶ丘荘の横山支配人はじめ、全国から被災地のために炭を提供して下さった方々、またわざわざ遠方にもかかわらず持ち込んで下さった方々、そして輸送費を補助して下さった西濃運輸さんと日本財団さん、こうしてほんとに多くの方々との”恊働労働”で成り立ったこの活動でしたが、無事終了することができました。何よりも、私たちのわがまま勝手な提案を、快く受けて下さった被災者の皆様にも感謝をしなければなりません。お世話になりました皆様にはこころからお礼を申し上げますと共に、恊働労働の簡単なご報告をさせて頂きます。

 炭は、竹炭や木炭などで、北は群馬県、南は鹿児島県と全国約60ヶ所から、総計15トンも寄せられました。炭入れをさせて頂いた家屋は約50ヶ所です。当初の予想を遙かに超えています。基本的には無償提供です。基本的にはというのは、京大の学生さんたちや一部社会福祉施設などは、わざわざ炭購入のために募金を集めて下さり購入して提供して下さいました。「被災地に炭を!」という呼びかけに応えて下さり、こうして無償提供あり、購入提供ありといろいろな恊働が成立し、活動は展開されました。本来ならば提供下さった約60ヶ所の一つひとつを紹介しなければならないのでしょうが、その一部に触れていただくことで、ほんとに多彩な人たちが恊働労働された結果なんだなぁと共感して下されば光栄です。

その一部を紹介しますと、大分からは大分県社協さんの多大なるご協力で約4トンが集まったのですが、その大分臼杵南中学では、”南中炭”といって毎年入学時と卒業時に炭を焼くそうで、その貴重な炭を提供して下り、またある高校では炭焼きの会をつくっていて地域の竹林を整備しながら炭を焼き、ほとんどの提供先はまた里山づくりや森林保全の一環として炭を焼いたりされています。新潟からは2004年の中越地震以後、被災地の再建支援活動として敢えて炭焼きを選び、その炭を持ってきて下さいました。また長野からは「松の炭がいいですよ!」ということで同じ地域の高校生が焼いている炭と一緒に現地に届けて下さいました。また、大阪交野市にある社会福祉法人からは関係約30団体にお声がけをして下さり募金を集めて良質の炭を購入して提供して下さいました。

一方、炭入れさせて頂きました被災者宅や関係施設では、「炭が全国から寄せられて来ています」と説明すると、「ほんとにありがたいことです。」と涙される方もおられます。これまでにも2回続けて水害に遭っているところも少なくなく、「やっと、これで落ちついて寝られます。」といって下さり、すでに床板を張っていたところもあるのですが、マスク代わりにタオルを巻いて、床下に潜り込んで入れて下さっていました。またある作業所では、「貴重な炭ですから、ここの利用者さんにも働いて貰って入れます」とおっしゃって下さり大変感謝されました。こうして炭を通して、多彩な恊働労働が生まれ、水害に遭われた被災者宅に対する床下からの見守り活動がデビューしたのです。

水害の後の支援活動の中で、これまで大きく注目されていなかった床下への炭入れは、この佐用の地でブレイクしたのかも知れません。こうしたボランティア活動から、さらに多彩な恊働労働が生まれ、被災者が元気になっていき、関わっている人たち被災者から元気を貰って、どこか心地よさを感じるという”恊働労働の対価”を、多くの人たちは共感(あるいは響感)という形で頂いてきたのだと思っています。

被災地の復興は、まだまだはじまったばかりです。残念ながら復興のスピードには格差が生じるでしょう。でも新潟県中越地震の被災者が同じ被災者に言った「苦しいでしょうが、焦らないで下さい!」と勇気を持って発信されたメッセージは、佐用の被災者にも届けられるでしょう。私たちはできる限り被災者お一人おひとりの歩みに合わせて、まず寄り添い、それぞれの事情にあわせて多彩な活動を展開したいと考えています。
今後の佐用の活動については、床下から床上に這い上がり、足湯ボランティア、お茶会やものづくりなどをしながら、一方で地元の人たちと共に、佐用の復興プロジェクトを提案し活動して行きたいと考えています。

 ところで今回の被災地支援活動は、ゆるやかな実行委員会形式で展開しており、極力各々の独自性を尊重しながら、恊働してきました。いろいろ不手際なところがあったかと思いますが、これもみなさまが温かく見過ごして下さったので、これと言った問題にはならず、何となくみなさまと”何か?”を創りあげてきたように思います。その結果、この「何か?」は、「被災者のため、被災地のためになつならば小さなことはええやん!」という、関係者の暗黙の了解に支えられる「豊かな関係性」ではないかと思えてきました。被災を通してつながったこういう関係性が、その後の被災者の暮らし再建のバネになって下されば支援者冥利につきるなぁと感じております。
今後とも、末永く恊働労働のパートナーとしておつき合いして下さることをお願いして、報告とお礼とさせて頂きます。ありがとうございました。

           「佐用を支援する炭プロジェクト」実行委員会
                 担当 村井雅清(通称すみタン)
posted by ”すみタン” at 16:01| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

”すみタン”より

村井です。23日をもって炭入れが終了となるので、記事にしてもらえたらと淡い期待を込めて、記者宛に下記のような文章を送りました。

--------------
■平成21年度台風9号による豪雨災害に見舞われた兵庫県佐用郡佐用町に対する支援活動が第3のステージに移ります。

■「被災者宅の床下へ炭を!」から「被災地の里山づくりにつなげる炭焼き」へと本格的に活動を移行します。

 来る11月23日、最後に久崎地区の公民館の床下への炭入れを持って「被災地に炭を送る運動」を終了します。最初に被災地に炭が届いたのが大分県関係者からの200sで、8月28日でした。以後11月19日の最終まで、全国約60ヶ所から炭が届きました。届けられた炭は、個人宅や公民館や共同作業所などさまざまな被災家屋の床下に入れさせて頂き、みなさまには大変喜んで頂きました。一方、炭を送って下さった方々からも「お役に立てて嬉しいです。」というお言葉を頂戴し、「困ったときはお互いさま」という支えあいが実現しました。ちなみに集まった炭の総計は約15トンとなりました。
(*なお各地から佐用までの炭の輸送費は、西濃運輸さんと日本財団のご協力で無料として頂きました。)

 今後は、こうした床下からの見守り活動から、根本的に水害から地域を守るために佐用の山を整備し、炭焼きをしながら里山づくりへと発展させて行きたいと考えています。そのための第1歩として、まず炭焼きの技術を習得しつつ山の整備について学んで行きたいと思います。炭焼きをするには、着火してから火を消すまで最低でも48時間が必要です。次の炭焼きのための準備をしながら、夜は里山づくりについて学習時間として有効に活用できます。

 こうした炭焼きや里山づくりの活動が、水害を少なくする根本的なことにつながりつつ、佐用の復興のために多彩な関係性が広がることを願っています。
 ボランティア活動の活性化、就労機会の創出、地域経済の再生、農林漁業への新規開拓などいろいろなアイデアが考えられます。それらの活動がボランタリーな関わりによってこれまでの経済活動を越えた、もう一つの社会づくりとしての試みが展開されることにより、佐用の被災地がしっかりと復興の道筋を歩むことができるのではないかと期待します。

 15年前に未曾有の阪神・淡路大震災を体験した私たちは、いま同じ痛みの共有ができる佐用のみなさまとつながるべく工夫をして行きたいと考えています。これまでも佐用水害直後から足湯ボランティアや炭焼きボランティアを通して阪神間との交流が図られています。これを機にさらにネットワークを拡げ、より多くの皆様と一日でも長く佐用に寄り添い、可能な限り佐用に通い続けたいと思います。今後とも暖かいご支援の程よろしくお願い致します。

              佐用を支援する炭プロジェクト委員会 
               担当 被災地NGO恊働センター
                   村井雅清
posted by ”すみタン” at 10:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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